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大坂海軍塾 専称寺

 投稿者:OSAYANメール  投稿日:2010年 5月 9日(日)16時59分19秒
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  今年、昨年実施荒れました「大阪検定合格者の集い」に参加しました。場所はなかなか入れない「綿業会館」。前半は「三休橋筋愛好会」の方のガイドによる街歩き。
「う~む! やはり大坂海軍塾跡」の案内がなかった。
終了後、大坂海軍塾のあった場所とその理由をまとめた資料史料をお渡ししました。

運命の日がありました。
5月2日、NHK大河ドラマ 龍馬伝でドラマ終了後の史跡案内で、「勝 海舟寓居跡」として私の指摘する「スワンビル」ガ映像に流れました。説明は「大坂海軍塾」としての説明です。
5月2日をきっかけにあちらこちらで「大坂海軍塾のあった専称寺」は現在のどこになるの?
という問い合わせが多くなったようです。
タイミングよく5月4日「大坂の幕末を歩く③」で専稱寺跡で長々と語ることができました。参加された方はそれはそれは満足げな顔をしておられました。まだ伝え切れていない内容がある途中で、M氏より「早く切り上げて」というサインが出て、尻切れトンボになってしまいました。
「大和屋」跡もしかりです。

http://osaka-siseki.cocolog-nifty.com/blog/

 
 

龍馬伝

 投稿者:OSAYANメール  投稿日:2010年 4月11日(日)01時01分33秒
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  龍馬伝も第2部に入りました。嬉しいのは大坂が何度か舞台として登場します。土佐藩住吉陣屋や大坂海軍塾などです。近藤長次郎の妻になる大和屋お徳も登場するかもしれません。
このあたりが「竜馬がゆく」と違った魅力的な点です。反面もありますが。
「さてもさても人間の一世は合点が行かぬはもとよりのこと。運の悪いものはきんたまを詰め割りて死ぬるものもあり。それと比べて私などは運が強く、なにほど死ぬる場へでてもしなれず、自分で死のうと思うてもまた生きねばならん事になり、
今にては日本第一の人物 勝麟太郎という人に弟子になり、日々兼ねて思いつくところを精といたい申候、其故に私年四十歳までは、うちには帰らんようにいたし申すつもりにて・・・

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「龍馬伝」12・・この国を守りたいと思いちゅう

 投稿者:yuki-uta  投稿日:2010年 3月26日(金)04時16分56秒
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   「文久」と聞くと、何やらときめいてまいります。いよいよ時代が動いてきましたね。龍馬はずっと、攘夷について考えています。萩まで久坂玄端に会いに行き、何ゆえ、日本は危ないのかを教わっていました。自分が納得いかないことを、何とか解決しようと励んでいる龍馬をナヴィゲーターにして、攘夷とは何たるかを視聴者にも知らしめよう・・という作者の考えでしょう。
 このドラマ、どうも長州藩の人間をえらく個性的に描いていて、楽しいです。松陰先生、桂に久坂・・、薩摩藩士は如何に??もうすぐ寺田屋事件も登場するでしょうし。

 土佐藩もえらいことになってきました。後藤象二郎は後々、龍馬と深く関わってくるのでしょうけど、これでいいんですかね、何だか不安になってきました。これでは先行き、猛反発がきそうです。
 武市の藩を丸ごと攘夷に・・という考えも分かります。そうなると、超強烈な攘夷派閥になるでしょうし、吉田東洋の言う、土佐藩成立の話もその通りです。土佐には土佐の事情があって、それが複雑に絡み合い・・流血の嵐が吹き荒れそうな雰囲気です。

 若手は血気にはやり、武市は憤激し、龍馬は藩よりも国そのものに思いを馳せ、と2部に向けて、物語も熱くなってきました。
 今、梅田大丸27階で「龍馬伝」の小道具展をやっています。龍馬や岩崎、加尾の衣装や太刀、短筒など展示されています。無料ですし、梅田に行かれた折には、見学に行かれてみはどうでしょう。

http://ameblo.jp/yuki-uta

 

Re: 「龍馬伝」11・・わしには、わしの生き方がある

 投稿者:OSAYANメール  投稿日:2010年 3月24日(水)00時14分9秒
返信・引用
  > No.77[元記事へ]

yuki-utaさんへのお返事です。

いつもコメントありがとうございます。12回で一区切り。12×4部の48話の構成のようです。
1部は次回でラスト。土佐脱藩ですね。そういえば、今日(3月24日)が脱藩した日ですね。
史実では沢村惣之丞と一緒に脱藩。沢村はすでに脱藩済みで、帰国して龍馬を連れに来たのでしょうか。龍馬が動いたときいろんなところで動いていました。薩摩藩島津久光の兵を引率しての上京。西郷吉之助の復帰。土佐では吉田東洋の暗殺。武市半平太が権力を持ち土佐を動かそうとします。京都では、薩摩藩の上京に歓呼し討幕の機運が高まります。(伏見寺田屋事件で鎮火しますが)
幕末の志士たちがいよいよ本格化して来ましたね。

久坂玄瑞は「仁」の時とは印象がずいぶん違っていましたね。
吉田松陰は江戸へ護送される前、幕府高官の暗殺を企て暴走し、門下生と溝ができていました。

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「龍馬伝」11・・わしには、わしの生き方がある

 投稿者:yuki-uta  投稿日:2010年 3月17日(水)05時37分31秒
返信・引用
   乙女姉やん、婚家先でうまくいっていないようです。若き龍馬もいろいろ悩んでいますね。ただ、もし、平井加尾と首尾よく結婚・・となったとしても、部屋住みの(つまり次男の)龍馬には継ぐべき家督も無く、家も無く、平井家には兄がいるので、養子に入るわけにもいかずと、なかなか生活するのは難しい状況です。江戸期の次男・三男は一生部屋住みか(つまり妻子は無く)、どこかへ養子にいくかでもないと、生きる道は厳しいです。最も、坂本家は裕福なので、余裕があるのかもしれませんけど。
 結局、龍馬は生涯、自分自身の「家」を持たず、時代を駆け抜けて行ってしまいました。おりょうさんとは、結婚したものの、別居夫婦だったようです。

 今年は桜田門外の変(1860年)から150年目で、映画が作られるとかで、また、幕末を別の面から見れそうです。
 いよいよ「天誅」になってきました。この桜田門外の変は下っ端の侍が、はるか上位の者を暗殺すれば時代が変わる・・と知ってしまった史上初めての事件でした。この事件が時代に及ぼした影響は本当に大きなものだったと思います。この後、京・大坂に政治の中心が移り、天誅の嵐も京・大坂で吹き荒れることになります。それが新選組結成の原因にもなりますし。

 土佐藩も動いてきました。物語も佳境に入ってきましたね。龍馬は藩に息苦しさを感じているようで、脱藩も近い・・かな。
 福山=龍馬、よく歌ってくれます。大河の主人公でこれだけ劇中で三味線持って、歌ってくれる人は始めてです。聞き惚れました。幕末のシンガーソングライター、高杉晋作との共演を楽しみにしています。「三千世界の~」は、出てくることでしょうね。

 交渉人・坂本龍馬の本領発揮です。これも才能だと思います。なかなか龍馬のように、交渉上手にはなれないもので。

http://ameblo.jp/yuki-uta

 

「龍馬伝」10・・わしは長いもんに巻かれるような生き方は、しちゅうないき。

 投稿者:yuki-uta  投稿日:2010年 3月17日(水)05時29分38秒
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   龍馬さん、もてますねぇ。千葉佐那とは、これっきりになるのかな。先日、某古武道の演舞を見る機会がありまして、そちらの塾頭さんは女性の方で、木刀を振る姿がキリッとしていて、カッコよかったですよ。お佐那さんといい、乙女姉やんといい、あの方のような感じかなと。

 土佐藩も幕末の激動の中に突入してきました。この藩の中にも、保守・改革入り乱れて、嵐が巻き起こりそうですね。この時期、土佐藩のみならず、どこの藩でも似たようなことがあったようです。
 幕末期のおもしろいのは、武士の皆さん、己の利のみでは動かず、思想信念で動くことにある・・でしょうか。それに身分向上意欲と、集団心理が働いて~。もう1つ、この時代が今と違うのは、「クビになる」が文字通り、実際に首が飛ぶわけでして。その峻烈さが時代を動かす原動力になったのも、魅力でしょう。皆さん、命がけです。

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「龍馬伝」9・・きっと、何処かに生きる場所があるき

 投稿者:yuki-uta  投稿日:2010年 3月 7日(日)06時36分18秒
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   津波警報のために、逆L字型の画面を久しぶりに見ました。「新選組!」の時もしばしばあって、土曜に録画しなおしたものです。これも大河ならでは。
 千葉重太郎さん、妹佐那のためにがんばってくれていました。気も使ってくれていましたし。龍馬も、このまま千葉道場に婿養子に入って、剣士として生きていく・・となっていれば、平穏な人生が送れたことでしょうに。最もそうなると、幕末史は少々変わってしまいましたね。土佐の加尾と江戸の佐那との間で、微妙に揺れ動く龍馬でした。

 武市半平太、攘夷に生きる覚悟を決めたようです。人数が集まると、いろいろ揉め事も起こってくるし、武市さんも大変です。自分で自戒できないと、侍ではないですし、侍とはつらいもので。
 山本琢磨は、ほんと、数奇な運命をたどった人ですねぇ。こんな話、小説家でも捏造できませんよ、絶対!事実は、小説よりも奇なり・・の見本のような話です。山本琢磨の父は、龍馬の父八平(父は養子でした。)の実兄だそうで、琢磨と龍馬は従兄弟なんですね。琢磨の母は、武市の妻の叔母とのことで、この三人、親戚・姻戚関係でつながっています。それだけ、土佐の下士の世界は狭いのかも。

 武市は志のために、鬼になると。この「鬼論争」、6年前にも聞きましたが、幕末には避けられないようです。命がけの仲間が集まってくると、それを束ねるのは並大抵のことではないでしょう。龍馬もいずれ、悩むことになるかもね。

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「龍馬伝」9 命の値段

 投稿者:OSAYAN  投稿日:2010年 3月 1日(月)12時37分29秒
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  山本琢磨の時計事件。
実際にあった話で龍馬の功績のうちのひとつですね。武市は消そうとしますが、龍馬は命の大切さを尊重し彼を逃がします。その彼が、ニコライ大聖堂建築におおきくかかわり、日本最初の司祭として活躍しました。テレビドラマなので創作かと思う方がいるかもしれませんが、これは実際にあった出来事です。

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「龍馬伝」8・・わしは、ふるえがきたじゃ

 投稿者:yuki-uta  投稿日:2010年 2月28日(日)05時31分11秒
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   このドラマ、龍馬の台詞に味わいがあって、思わずメモってしまいます。今回、「わしは、何者にもなっちょらん。」にしようかとも思ったのですが、何者かには必ずなるので(いや、でないと大河の主人公にはならんし・・)、こっちはやめました。

 友情に篤い龍馬です。加えて、少々、世話好きというか、他人のために骨身を惜しまん・・というか。ただ、どうもそれは坂本家の家訓のようですね。心熱きお姉さま方の教えのようです。この坂本家の女性陣、お強い!

 岩崎弥太郎は漢学の素養があり、見事な漢文の日記が残されているそうで、落書きをするにも、学がありましたね。弥太郎の学問の才には、感心しました。父親の大怪我は不幸なエピですが、弥太郎は牢の中でも学問をして、そろばんのできる侍が獄中にいると、知られるようになっていくそうです。
 このあたりから、弥太郎の立身出世が開けていくようで、世の中、何が起こるかわからんものです。

http://ameblo.jp/yuki-uta

 

Re: 島津藩の先祖はキリスト教徒か

 投稿者:OSAYAN  投稿日:2010年 2月26日(金)09時52分19秒
返信・引用
  > No.71[元記事へ]

市民さんへのお返事です。

はじめまして。書き込みいただきありがとうございます。
歴史はいくつかの説があり、真偽が定かでないものが多数ありますね。
だからこそまた面白いと私は思っています。

島津家の家紋については下記の説もあるようですね。
http://www2.harimaya.com/simazu/html/sm_kamon.html
http://homepage2.nifty.com/airman/hayato/hayato_04.html




> http://park.geocities.jp/jpcdebate/0203/p038.html#page263
>
> 「島津十文字」はその事実を物語る。
>
> 丸に十の字は、後日徳川幕府が強制したもの。
>
> 日本政府の陰謀は本当に「鳴くまで待とう」だ。

http://osaka-siseki.cocolog-nifty.com/

 

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